ツインレイの呪い

幸せはツインレイにありましたか?

調和された世界とは

調和って何でしょう?

 

自分に関わる全ての人間関係や環境に対して幸せを感じる世界のことを言います。

 

大切な仲間、友人、家族、子どもなど自分の周り全てが幸せになれるよう、笑顔になれるようにあなた様は振る舞っていますか?

 

向き合っていますか?

 

調和された世界というのは、別の世界に行くことではありません。

 

結局のところ、今!この瞬間!が幸せでなければ、環境や人間関係を変えたところで、やがて出てくるのは

 

「こんなはずじゃなかった」という不満や満たされない心です。

 

どこに行ったって、誰といたって、「今」が幸せを感じなければ結局はどこに行こうが誰と出会おうが同じなのです。

 

たとえそれが「ツインレイ」とやらの相手でもです。

 

今の世界に不満を感じていて、相手と一緒になれたら・・・

 

そう思いを馳せて、相手と一緒になれたとしましょう。

いずれ、ツインレイを演じさせているパートナーに対する不満を必ず抱くことでしょう。

 

だって出会う前から幸せじゃないからです。

 

そもそも「ツインレイ」という下らない関係性に拘っている自分がいるのならば、他の現実世界で多くのものにしがみつき、多くのものに執着をして、失うことを恐れているんです。

 

目の前にある幸せを感じることができないならば・・・

永遠に愛する人の価値を知らずに人生を終えるでしょう。

 

最後に伺います。

 

・あなたは健康ですか?

・あなたは話せますか?

・あなたは聞こえますか?

・あなたは歩けますか?

・あなたは見えますか?

・あなたは眠ることが出来ますか?

・あなたの性別と心は一致してますか?

・あなたは手足がありますか?

・あなたに住む家はありますか?

・子どもは元気ですか?

・あなたは口から物を食べられますか?

 

これらに幸せを感じますか?

当たり前で「普通」だとそう思われますか?

 

これらが「当たり前」だと思うのならば、とても傲慢で欲深きことです。

 

この中で1つでもあなたが持っているものがあるのならば、それはとても幸せなことです。

 

当たり前ではないのですから。

 

小児病棟に昔、何年も入院していた時、隣のベッドにいた男の子が初めてラブレターを私にくれました。

数日後、その男の子は病気で短い生涯を終えました。

 

仲良しだったお友達が何人も亡くなりました。

懸命に生きていたのに・・笑顔で頑張りながら、痛みや苦しみに耐えて、耐え抜いて、その小さな命の灯を消さないように・・家族もみんなで応援していました。

 

友人は顔面奇形や難聴、水頭症など小さな身体でその与えられた宿命を受け止め、懸命に生きています。

 

一体、ツインレイってほんと何なんでしょうね?

 

馴れ合いのパートナーシップ。

愛のおままごと。

 

目の前の幸せに気づかずに欲しがるばかり。

愛を欲する、自分が苦労しているとアピールする悲劇のヒロイン。

 

厳しいことを申し上げますが…

いい歳をした大人が、恥を知るべきです。

 

「今日」を生きることすら叶わない小さな子供達がたくさんいるのに、大人のあなたは一体何を考えているのですか?

 

自分がどれだけ恵まれているのかも気づかずに、満たされない現実世界から逃避をして時間を無駄にする。

 

純粋に生きたいと懸命に頑張っている闘病中の子ども達に

「ツインレイです。愛の存在です。」と宣って愛と勇気を与えたらいかがでしょう?

 

さあ、できますか?

自身でツインレイを名乗っているんですから、子どもたちの前でも言えますよね?

 

だって愛を体現する存在でしょう?

地球最後の転生という大それた存在なんですよね?

 

愛の存在なら、世界中で、日本中で病気や飢餓で苦しむ子供たちのためにどうぞご自身を役立てて下さいね?

 

純粋で懸命に生きている子供たちの前で、胸を張って言えるはずですよね?

 

脈絡がないと思われますか?

私と彼との関係性とズレてない?と

思われますか?

 

ならば視野が狭すぎて、愛の本質を理解していないということです。